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味な宿みゆきの杜

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Author:miyukinoaji
北信州の大地で育まれた美味しい食材をふんだんにつかって心を込めてお作りしています。

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味な宿★みゆきの杜
清風館と神峯山
絶景の露天風呂

ラーメンで腹を満たした後、木江地区にある温泉旅館「清風館」を目指す。
瀬戸内を一望できる露天風呂で有名な大型ホテルで、立ち寄り入浴もまた人気らしい。

週末も絡み、家族連れが多い。もちろんGOTOを使っての利用に違いない。

入浴料は700円と比較的良心的だが、うわさにたがわず露天風呂からの景色は一級品だった。
海の見える露天風呂を売りにする温泉も少なくはないが、海面からの高さが十分に確保された、多島美を堪能できる温泉は此処くらいしか見当たらない。
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が、一つ残念なのは、お湯がジェットのごとく流れ注がれる音が、景色の魅力をそいでしまっていることである。
海が近いので、さざ波や船が波切る音、ポンポン船の音も聞こえるはずなのだが、そうした音がすべて湯注がれる音でかき消されてしまっている。

同じように思っている利用者はおおいはずなので、ここはこっそりアドバイス的投書をして改善をお願いしようと思う。



神峯山へ

入浴後、ホテルのロビーでS氏に落ち合う。
私は2年ぶりだが、家族はもちろん初めてである。
コーヒーを飲みながらひとしきりの雑談後、S氏も一緒に神峯山へ向かうことにした。

瀬戸内を見下ろす絶景ポイントは数多く紹介されているが、ここ神峯山は車で上がれる瀬戸内最高峰だという。
展望台が何か所かあり、それぞれで微妙に見える角度が違っている。

はじめて訪れた時は衝撃的だった。
景色をながめて背中が震えたのはこれまでの旅人生においてわずか3回しかない。

釧路湿原
グランドキャニオン
ニューヨークウォール街

はじめての神峯山は、NYに続く4度目の「震える」経験だった。
暗澹たる山の連なり、水墨画のような色合いの絶景に、本当に背中がゾクゾクしたのを鮮明に覚えている。

その時の写真
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あまりに感動的だったので、その二日目もお願いして、再度連れて行ってもらった。
二回目は晴れた瀬戸内を眺めることができた。
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昨年は山の中腹にある「山尻集会所」までコミュニティーバスに乗り、そこから歩いて山頂にやってきた。
日没まで待機し何枚も写真を撮った。
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そして三度目は小雨の中、登ってきた。
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新型コロナの関係だろうか。手入れされずに伸びきった松の木が、視界の邪魔になっていたが、初めて訪れた時同様、そこのは薄墨色の瀬戸内のしまなみが広がっていた。
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丁度、そこに近くの発電所で積み荷を降ろしたと思われる、川崎汽船の貨物船が通過していった。


ミカン狩りとラーメン
ミカン狩り

初日の大移動に比べると、二日目は比較的ゆったりした日程を組んでいた。

朝9時からはミカン狩りを楽しむ。
あらかじめ指定された集合場所へ行くと、ミカン農家さんが待ち構えていた。
果たして私たち一家は軽トラの荷台に乗せられ、ミカン山へと向かった。
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私たち、まるで映画の主人公みたいだね。

とはるかが言った。


農家さんの案内でミカン山に入る。
今収穫しているのは早生種の温州ミカンで、若干酸味が感じられる種類とのこと。
12月に入れば本種の石地ミカンの収穫がはじまるらしい。
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木によって味わいが微妙に異なるのもまた果物狩りの楽しみである

お土産用に10kg、買い求め持ち帰ることにした。
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大崎上島へ

午後は大崎上島渡る。
かつて勤務していた海運会社ナビックスライン南柏寮の寮長だったS氏が大崎上島にお住まいなのである。
二十歳前から約30年間、ジャパンラインの外航船の賄コックとして乗船したのち47歳で陸に上がり人事畑を歩み、その後同社の独身寮の寮長に就任、1991年入社の私はその独身寮で約3年半、S氏のまかない飯を食べて育った。

退職後も年賀状でのやり取りだけは続いていて、毎年ミカンを送ってくださった。
父上がミカン農家であり、退職後、後を継ぎ御年82歳の現在も現役のミカン農家として活躍中である。

2年前、バイクで訪れた時、22年ぶりの再会を果たし、それから2年、家族を連れてお目にかかることになった。

当初はお宅のミカン農園でミカン狩りを楽しませていただく段取りになっていたのだが、新型コロナ感染拡大の折、他県ナンバーが小さな集落に長時間留め置かれるのは精神衛生上よくないと判断、前日に電話を入れ、島内の温泉旅館で落ち合うことになったのである。


大崎下島小長港発11:37のフェリーで上島明石港へ向かう。
フェリー乗り場のまえの直売所で、さきほどのミカン狩りのおっちゃんが、熱心にミカンを売りさばく姿があった。
せっかくなので立ち寄ってみた。
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しまなみ海運 第五かんおん
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波の立たない内湾専用船ゆえに、航海速力はわずか9ノットと実につつましい。


定刻にもなっていないのに、フェリーは出航した。ギリギリで駆け込んでくる乗客などいないということか。

クルマを載せて島から島へ。 わずか15分の船での移動は地元民にとってみれば、飯山市民が飯山線で長野へ行くのと同義に違いない。
しかし、それは信州人にとって、異文化体験そのものであり、テーマパークのアトラクション乗車と同じくらいの価値のある時間なのである。
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京都ナンバーの原付がずらりと並ぶ車両甲板。
125ccと50ccが入り混じるが、よくぞ集団で広島まで走ってきたものだと感心する。

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それにしても大崎下島から上島にかけての海域をは、周囲を島が取り囲んでいる。そこはまるで湖のような様相を呈していて、にわかには海だとは信じがたいような風景でもある。

時間はやがて12時。 木島平を出発する前から、ランチはここと決めていた。
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人気店とあって順番待ちを余儀なくされる。

メニューはラーメンといなりずしのみという、一風変わった構成となっている。



2年前、バイクで瀬戸内を訪れた。
しまなみ海道のある島で囚人が脱獄し全国ニュースでも頻繁に報じられていた。
囚人は、着の身着のままだったゆえに、近隣に潜伏していると判断、ただちに周囲の島々に捜査線が張られた。
尾道から向島へフェリーで渡った折、下船した向島運航の乗り場で検問中の警察官に声をかけられた。


― 木島平って、どこですか?

― 長野県です。

― 原付で遠路はるばるお疲れ様です。これからどちらへ?

― 今日はしまなみ海道で今治、そのあと、フェリーに乗って大崎上島にわたります。

― 上島ですか!私以前赴任していたことがあるのですが、そこの「徳森食堂」ってところのラーメンが絶品ですよ

― それはいい話を聞きました。ぜひ行ってみます。


他愛もない雑談に花が咲いた。
全く検問とは程遠い問答に、職務怠慢ではないかとも思われたが、瀬戸内の人の親切さに触れたひと時でもあった。

もちろん、大崎上島に渡った時、そのラーメン屋を目指したのは言うまでもない。
その時以来の3回目の訪問だった。



名簿に名前を書いて順番を待つ。

幸い、食べログでの投稿数がまだ少なく、レビューは3.2そこそこゆえに、よそ者の行列はそこまでひどくはない。


大体、食べログもあまり信用はできない。

投稿数が多ければそれに比例してスコアが上がる仕組みになっているのがよくない。

例えば、コーヒーの世界では日本屈指の絶品コーヒーを提供する山形鶴岡のコフィア。
同サイトのスコアはわずか3.2そこそこである。

だが、一応コーヒーを生業にする者に言わせれば、コフィアでコーヒーを飲むという行為は、テレビに出てくるような有名シェフの店、例えばイタリアンの落合務氏、和食の道場六三郎氏、フレンチの坂井宏行氏などの店で食事するのと同レベルのハナシなのである。

だが、コフィアはあくまで頑固おやじが切り盛りする田舎のコーヒー屋の域を脱してはいない。

今後、何かのきっかけで人気に火がついてコフィアが行列店になってしまったら、おいそれとは通えなくなってしまうのでそれだけは勘弁願いたいものだが。

そもそも店主の門脇氏も有名店の行列など迷惑千万であり、もしそんな事態に陥ったとしたら、きっと店を閉めてしまうだろう。


ハナシは逸れてしまったが、ここ徳森食堂のメニューはラーメンと、いなりずしのみである。
まるで能生のあさひ楼のごとしである。
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二日連続のラーメンに、正直、ゆずかは辟易としていたに違いない。 が、あえて口にはしない。成長したものである。
ラーメンの代わりにいなりずしを4個注文、、黙ってほおばっていた。

ちなみに斜め向かいの菓子店一正堂製菓のレモンケーキ、ブランデーケーキも徳森食堂とセットで訪れる人が絶えない。
大崎上島のかくれB級グルメの代表の2店と言っていいだろう。

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菓子店の前には地元の小学生と思しき賑やかな軍団が、釣竿をたずさえ、互いをからかい、ふざけ合っているいる。

訊けば、サビキでアジを狙うらしい。

一人の少年が熱心に仕掛けの手入れをしている。

お菓子屋の前で小学生がたむろする光景など、すでに失われた昭和の光景だと思っていただけに、母ちゃんどもども小さな感動を覚える。

木島平にはまずこんな小学生の軍団は存在しない。

どこかに遊びに行くといえば、迷うことなく親が車で送り迎えするのが当たり前となっている長野県である。
瀬戸内の子供たちが羨ましいと、心底思った。
御手洗のまち
御手洗は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
帆掛け船が海上運送の主流だった江戸時代、船の航行の頼りは潮流であった。
特に瀬戸内海は、四国、紀伊半島、山陽地方の陸地の配置の関係上、潮の干満による潮流の方向が一日二回、逆転することになる。 それゆえに、瀬戸内には「潮待ちの港」がいくつか存在したが、御手洗もその一つであった。

よって多くの回漕屋や商人が行き来し、富をなすものが多数現れた。
そんなかつての栄華をしのばせる街並みが、ここ御手洗にはいまなお残されている。

瀬戸内の内湾に連なる港町は非常に絵になる場所でもあり、時折CMの撮影が行われるほか、映画などの映像作品においてもロケ地として選ばれることが少なくはない。

中でも、2012年制作のアニメ映画 「ももへの手紙」 は、ここ御手洗を主たるモデルとしていて、御手洗を訪れる人にとっては必見の映画と言ってよい。

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郵便局とその向かいに建つ理容店
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昭和レトロな駄菓子やおもちゃを集めたこんな博物館にも入ってみた。
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この時期、特に日の出の時間帯は海に朝日が照らし出され感動的な光景を映し出す。
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あちこち重伝建を巡っているが、ここのまちなみは、その背後に広がる瀬戸内の多島美によって、その印象が増す。
絵にかいたような瀬戸内の田舎町、御手洗。

本当にいいところなのである。





ゲストハウスKUSUSI & 仕出し屋築山さん
2年前、はじめてこの場所を訪れた時、たまたまネットで見つけ1泊利用しただけだったのだが、スタッフY氏の親切な応対が私の琴線に触れ、昨年も利用、そしてついに家族を連れて今年もやってきた。

「よーそろ」という地元の町おこし系合同会社が営む宿は、元開業内科医の木造家屋を利用したゲストハウスである。

新型コロナ感染拡大を受け、需要が低迷したのをきっかけに、この秋以降部屋単位での割安販売を開始し、家族4人での2泊1室利用がかなうことになった。

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基本的に素泊まり宿ではあるが、利用可能な食事処が徒歩圏内に数軒存在する。

初日の夕食はお好み焼き屋
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二日目の朝食と夕食は、ゲストハウスの紹介で築山トヨさんという年配の女性が営む仕出し屋さんのテーブルで食事をいただくことができた。
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ここの仕出し屋には、2年前はじめて訪れた時も厄介になったのだが、新型コロナ感染拡大を受けて、宿では店の食卓での提供は極力なくし、仕出し弁当の宅配を勧めているとのこと。

が、ゲストハウスのスタッフY氏が、特別に築山さんにお願いしてくれ、私たち家族には店の食卓での食事が叶うことになった。

特別豪華なものはなくとも、親切極まりない瀬戸内の地元の人々との触れ合いは何にも代えがたい旅の思い出となる。
通り一遍の旅館飯も悪くはないが、飾らないこんなもてなしもまた、田舎のおばあちゃん家に帰ってきたような気分にさせてくれる特別な時間となったのは言うまでもない。
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訪れる場所の魅力は景色やハコによって計られるのはもちろんなのだが、そこに携わる人にこそ魅力を感じ、虜にさせるという好例が、ここ大崎下島御手洗には間違いなく存在するのである。


とびしま街道~大崎下島御手洗
今宵の宿は大崎下島に予約してあった。

呉から安芸灘とびしま海道と称されるルートを経て、40km先の重伝建地区御手洗にその宿がある。

国の公募で選ばれた愛称「安芸灘とびしま海道」は、その名の通り瀬戸内に浮かぶ島々があたかも庭園を渡る飛石(とびいし)の様に似ていることから名付けられたらしい。
呉市の安芸灘から「下蒲刈島」「上蒲刈島」「豊島」「大崎下島」「平羅(へら)島」「中ノ島」「岡村島」の7つの島を7つの橋で繋いだ道路として構成される。

最後にかけられた豊島大橋が2008年ということもあり、しまなみ海道に比べると、まだ訪れる人も少なく、穴場といえる。

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【あしどり】
警固屋 15:00 発
御手洗 16:20 着



16時を過ぎても夕方の斜光線は依然眩しい。
西日本ゆえに、木島平よりも日没は遅く、17時過ぎまで十分に明るいのだ。
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4つの橋を経て、大崎下島へ到達。
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宿にチェックインする前に、まずは御手洗地区の街並みを見下ろす歴史の見える丘公園を目指した。
海抜高度こそ低いものの、そこは瀬戸内の「多島美」を実感できる、心和む丘。
今年もまたやって来た。
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