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味な宿みゆきの杜

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北信州の大地で育まれた美味しい食材をふんだんにつかって心を込めてお作りしています。

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味な宿★みゆきの杜
音戸の瀬戸にて
音戸の瀬戸の渡し船

尾道を後にして高速道路に乗る。導かれた先は山陽新幹線新尾道駅近くにある山陽自動車道のICだった。

【あしどり】




途中、小谷SAで給油、650km走行した平均燃費は10.4km/Lの結果となる。
ちなみにこのSA,いまから20年以上前、福岡の西鉄バスジャック事件において、少年の犯人がこのSAで立てこもったことでも有名になった場所でもある。


呉の目的地は音戸の瀬戸である。
山国に住む人間にとって、人の暮らしが息づく海の風景は格別なものを感じる。
特に海峡や、運河、狭い水路などの生活臭のする場所はまた格別だ。

音戸の瀬戸は、平安時代末期、平清盛によって開削されたとされ、1951年(昭和26年)~1957年(昭和32年)に拡幅された。
海峡の長さは約1km、幅は最も狭いところで約90mで、広島湾から安芸灘へ抜ける最短コースであるため、船舶交通量は1日約500隻にも及ぶ。

“音戸の渡し”は、倉橋島の音戸側から呉市の警固屋側を約3分で結ぶ日本一短い定期航路とされ、その歴史は約300年におよび、音戸大橋が架かるまでは市民の大切な足として、多い時には1日約5000人と約1000台の軽車両が渡し船に乗って行き来し、渡しの回数は約250回にも達したという。

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橋が開通した後も、徒歩や自転車を中心として利用者は多く、おそらくこの先もこの渡し船は住民の生活インフラとして長く続くことであろう。

そんな日本一短い航路には過去2回、合計5回は乗っている。
今回、私は送迎役となり、まずは本土側の警固屋で3人を降ろし、音戸大橋を渡り倉橋島側へ渡った。

本土側の船着き場
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時が止まったような待合小屋
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音戸の瀬戸公園から警固屋乗り場を見下ろす
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「乗船するひとは、桟橋の上に立って待て」とのことだが、対岸の船はなかなかこちらへ向かってくることがない。
船頭がヒルネ中なのやもしれず、心配するが3人はただひたすら桟橋で立ちすくんでいる。

しばらく公園で様子をうかがっていたが、5分が経過したころ、果たして対岸の船がゆっくりと動き出した。

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